
心のアメリカ – 20年近いアメリカ生活の、思いがけない始まり.
これは、僕の、大好きなストーリーだ。このストーリーは、すべて、僕自身が、体験した事であり、事実、僕に起こった事だ。
その記憶を、よみがえらせる度に、僕自身、心から、感動する。
何故なのかは、わからない。
きっと、何か、心を打つ真実、深い真実が、そこにあるのだろう….という位にしか、わからない。
僕は、アメリカに、住んでいる。だが、アメリカで生まれ育った、日系アメリカ人の人達みたいに、初めから住んでいた訳ではない。
今、日本に住んでいる、ほとんどの人達と全く同じ様に、僕も、かつては日本に住んでいたし、その人達と同じ様に、僕も、日本にずっと住み続ける事を、無意識の内で、暗黙の前提とし、言うまでもなく、当然の事だと了解して、日本で、日々、生活していた。
そんな、ある日の夜、2年か3年位、会っていなかった友人から、突然に、電話がかかって来た。
一緒に、アメリカに行かないか?
(アメリカ原住民、いわゆる“インディアン”の一族である)ナヴァホの人達に、会いに行こうよ!
彼の、その言葉を受けて、面白そうだと思った僕は、その場で賛成して、アメリカに行く事にした。
その友人が、ただの、夢の様な思い、ファンタジーを語っていただけだったと、ずっと、あとになって、気づいたが、その時は、本気で言っているのだと思って、その通りに、本気で、行く事にした。
言い出しっぺは、その友人だったのだが、そこからは、完全に、僕の主導で、その旅行は実現した。
ここで、話を、一挙に飛ばす…。
場面は変わって、ニュー・メキシコ州の、アルバカーキー。空港に到着した、僕と友人は、レンタカーを借りて、車で走り始めた。
アメリカ原住民の文化や、歴史、アートなどに関連のある場所や、博物館、お店などを見て回り、原住民の居住地にも、足を運んだ。
十代の頃に、家の都合で、イギリスで暮らした事のある僕は、ペラペラとまでは行かなくとも、ある程度の、英語の心得があって、アメリカ原住民の人達を含む、旅の中での出会い、ひとりひとりとの会話を、心ゆくまで楽しんだ。
けれども、その、同行の友人の様子が、どうも、おかしい事に、旅の初日から、気がついてもいた。
会っていなかった、数年の内に、その友人は、どうやら、心を病んでしまっていた様だった。
その旅の途中でも、その友人は、訳のわからない言動を含む、奇行を、さんざん繰り返した挙句に、僕を路上に残して、レンタカーごと、どこかに去ってしまった。
初めて来た、アメリカで、ひとり、置き去りにされた、見ず知らずの、どこかの、小さな町。
町の名前はおろか、アメリカの、どの州なのかさえ、わからない。
とりあえず、その、置き去りにされて、立っていた場所から、道路を隔てて、反対側に見えていた、その同じ道路沿いにある、小さな宿に行って、泊まる事にした。
結果から言ってしまうと、この宿を任されていた、心あるインド人マネージャーに助けられて、僕は、その数日後、アリゾナ州・フェニックス空港に到着し、席を予約していた飛行機に乗って、無事、日本に帰国する事が出来た。
その空港に、車のない自分が向かうには、グレイハウンドのバスで行く必要があった。その為、2日後には、宿を、その、小さな町、コルテズから、グレイハウンドの停留所がある、もっと大きい、近くの町、デュランゴに、移した。
それでも、まだ、時間があったので、移った先の町・デュランゴで、さらに、数日を過ごした。
その、デュランゴに移った、あくる日の朝。宿での朝食後、日本から持参したギターと共に、デュランゴのダウンタウンに出かけた。
路上で、適当にギターを弾いて、歌っていると、いろんな人が来て、声をかけてくれたり、1ドル位くれたりして、とても、楽しい時間を過ごした。歌っていたのは、だいたいが、英語の歌だったが、思いつきで、坂本九の「上を向いて歩こう」を歌い始めたら、その、演奏していた大通りの向こうから、ひとりの白人女性が、まっすぐに、こっちを見ながら、やって来るのが見えた。その女性は、僕のところまで来ると、日本語で、「日本人なの?」と訊いた。
話を飛ばすと、その女性は、日本に憧れて、日本にやって来て、大阪に、長年住んでいた人だった。事情あって、アメリカに戻ってはいたが、アア、日本が懐かしい、日本が恋しい…..と思いながら、いつも通る道を歩いているところに、日本語で歌う、僕の歌が、突然、聞こえて来たので、エッ?と、耳を疑ったという。彼女とは、その場で、友達になった。
その女性と、宿のマネージャーだけではなくて、心に残る出会いは、他にも、いくつもあったのだが、その全部を書いていると、限りなく長くなるので、省略する。
その数日後、無事に、日本に帰ったものの、その旅行の、強烈な印象が、心から消える事はなかった。それで、旅行前から、ずっと勤めていた職場で、もう一年だけ働いてから、仕事を辞めて、その、最初のアメリカ旅行で、思い出をたくさんつくった、小さな町に飛んで、そこに、住み始めた。
幸いな事に、それまでずっと貯めていたお金に、退職金がプラスされたので、贅沢さえしなければ、当分、働かないでも、暮らしていける位の資金は、十分にあった。
旅行者として滞在できる、最長期間である、3ヶ月間、その町で暮らしては、又、日本に戻り、しばらくしたら、又、その町に飛んで、新たに、3ヶ月間、暮らす。
そんな、日本とアメリカの、往復生活を繰り返す中で、2回目に、その町に飛んで、生活していた時の事だ。ひとりの、輝くばかりの、美しい女性に、出会った。そして、それから、又々、日本に戻り、その数ヶ月後、又々、アメリカにやって来て、3回目に、その小さな町で、暮らし始めた時に、その女性とつき合い、婚約した。
その、1年後に、めでたく、その女性と結婚し、アメリカで、一緒に生活し始めて、それ以来、アメリカに住んでいるという訳だ。
ただ、結婚後、しばらく住んでいた、その、小さな田舎町から、事情により、大都会・サンディエゴに、移った。それから、16年間、サンディエゴに住んでいる。
人間、思いがけない事で、何が、どうなるか、わからない。
仲のいい、友人同士が、2人で一緒に、アメリカ旅行をしました。楽しい思い出を、たくさんつくって、日本に戻りました。終わり。
と、こんな、いくらでもありそうなお話を書いて、その通りに演じて、終わるはずだったのが、事もあろうに、ストーリーそれ自体が、元の作者であったはずの僕を無視して、それ自身で、勝手にストーリーを書き始め、どんどん書き連ね、展開し、ストーリーを、先に進めていった。ついには、何とも、思いがけない、想像さえも出来なかった様な結果になった。自分の生活は、その旅行によって、完全に、変わってしまった。

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